それは、残業で疲れ果てた深夜のことでした。冷たい雨が降る中、ようやく自宅マンションの玄関ドアの前にたどり着き、いつものように鍵を差し込んで回そうとした瞬間、「ポキッ」という、今まで聞いたことのない乾いた音がしました。手元には、プラスチックの持ち手部分だけが残り、鍵の本体は鍵穴の中に消えています。一瞬、何が起こったのか理解できず、私の頭は真っ白になりました。時刻は深夜1時過ぎ。雨はどんどん強くなる。部屋には入れず、体は冷え切っていく。焦りと絶望で、心臓がバクバクと音を立てるのが分かりました。私は震える手でスマートフォンを取り出し、「鍵 折れた 取り出し方」と検索しました。いくつかのサイトには、ピンセットや接着剤を使う方法が載っていましたが、「失敗するとシリンダー交換で高額になる」という一文が目に留まり、素人の自分が手を出すことの恐ろしさを感じました。特に、瞬間接着剤は最悪の結果を招く、と。このまま朝まで待つか?いや、風邪をひいてしまう。私は意を決して、二十四時間対応の鍵屋を探し始めました。数社に電話をかけ、状況を説明し、料金の概算を確認しました。深夜料金がかかるため、どこも二万円前後の見積もり。痛い出費でしたが、背に腹は代えられません。その中で、最も電話対応が丁寧で、料金体系も明確だった一社に依頼を決めました。約三十分後、雨の中をバイクで駆けつけてくれた作業員の方は、私の不安な顔を見て「大丈夫ですよ、よくあることですから」と優しく声をかけてくれました。そして、見たこともないような細長い特殊な工具をいくつか取り出し、鍵穴を覗き込みながら、ものの数分で「はい、取れましたよ」と、折れた鍵の破片を見せてくれたのです。その手際の良さとプロの技術に、私はただただ感心するばかりでした。料金はかかりましたが、鍵穴を壊さずに済んだ安堵感の方が、はるかに大きかったです。この苦い体験は、日頃の鍵のメンテナンスの重要性と、困った時に無理せずプロを頼る勇気の大切さを、私に教えてくれました。
【体験談】鍵が折れたあの日、私が取った冷静と焦りの間で