私が週末によく訪れる、町の外れにある古民家を改装したカフェ。その店の魅力は、丁寧に淹れられたコーヒーや、手作りの焼き菓子だけではありません。私が最も心惹かれているのは、店の入り口である、年季の入った木製の引き戸と、そこに取り付けられた、小さな真鍮製の後付けの鍵です。その引き戸は、おそらく何十年も前に作られたものでしょう。ガラスがはめ込まれた格子戸は、開け閉めするたびに、カラカラ、と心地よく乾いた音を立てます。そして、その戸先には、後から取り付けられたのであろう、シンプルなデザインのねじ込み式の鍵が、鈍い金色に輝いています。私がそのカフェに初めて訪れたのは、開店して間もない頃でした。店主である若い女性は、客が私一人しかいないのを良いことに、この店のこだわりを色々と話してくれました。その中で、特に印象に残っているのが、この玄関の鍵の話です。彼女は言いました。「この建物、もともとは鍵なんて付いていなかったんですよ。昔の家って、そういうものだったみたいで。でも、カフェをやるからには、防犯上、やっぱり鍵は必要だよねって。それで、色々な鍵を探したんです」。最新の頑丈な鍵を取り付けることも考えたけれど、この古い建物の持つ、穏やかな雰囲気を壊したくなかった、と彼女は言います。そして、何日も探し回った末に、骨董市で見つけたのが、このデッドストックの真鍮製の鍵だったそうです。「ピカピカの新しい鍵じゃなくて、これからこの建物と一緒に、ゆっくりと歳をとっていけるような、そんな鍵が良かったんです」。彼女が、少し日に焼けた指で、その真鍮のつまみを捻ると、カトリ、と、とても優しく、控えめな音がしました。それは、客を拒絶するような冷たい施錠音ではなく、まるで「また明日ね」と、そっと語りかけてくるような、温かい音でした。スライドドアに後付けされた、たった一つの小さな鍵。しかし、そこには、古いものを尊重し、新しい価値を吹き込もうとする、店主の美学と愛情が、静かに込められているのです。
古民家カフェの引き戸と真鍮の鍵